世界中の旅先でのラクダインナーの活躍をお届けする「旅するラクダ」シリーズ。第1回は、岩手県生まれのグラフィックデザイナーの伊藤 裕さんが登場。 2月にフィンランドのオリヴェシで開催された「ウールソックス ランニング選手権 2024」へ出場したようすをお届けします。
Traveler & Diary : Yutaka Ito
Photography (in text) : Yutaka Ito
Official Photography (cover & in text) : Jussi Valkeajoki
Edit : steteco.com
岩手県の出身で、現在は隣県の仙台市を拠点に活動するグラフィックデザイナーの伊藤 裕さん。写真集や展覧会図録の制作から、企業や文化施設の広報物デザインなど、幅広く印刷物を手掛けるかたわら、日本各地に残る昔ながらの生活文化へのフィールドワークも積極的に行なっています。
そんな伊藤さんが、この2月にフィンランドを訪れました。旅の目的はなんと、真冬の森の中を靴下で走る「ウールソックス ランニング選手権」への出場。自然と調和した北欧らしいデザインや出版物への興味関心からヨーロッパ旅行を企てていた中で、偶然この大会のことを知り「これはおもしろそうだ!」と、半ば勢いだけでエントリー。前後のことはそれから考えたというから驚きです。
旅慣れた伊藤さんは普段から機能性を重視した装い。汗ばむよりはちょっと寒いくらいの方が良く、カラーはダークトーンがお好み。今回はフィンランドを中心に2週間以上に及ぶ長旅ということもあって、できるだけ身軽になるようにと選ばれた荷物の中に、ラクダインナーたちの姿もありました。
出発前日、フィンランドの首都ヘルシンキ近郊のヴァンター国際空港行きの便に乗るため、仙台の自宅から羽田空港に向かいます。思いのほか準備に時間がかかり、夜になってから移動したため空港行きの電車がすべて終わってしまいましたが、なんとそこからシェアサイクルに乗り繋ぐという高度な旅技を駆使して空港近くのホテルに到着。
翌朝は早々にチェックインを済ませ、ラウンジカレーで腹ごしらえをして、機内用にラクダももひきに着替えて搭乗を待ちます。
伊藤さんを乗せた飛行機は、富士山を横目に快晴の高度1万メートルへ。日本からフィンランドまでは北極点航路で約13時間のフライトです。機内では「ラクダのはらまき」が本来の働き以上の性能を発揮し、ネックウォーマーやアイマスクの役割も兼ねつつ、快適な空の旅に貢献してくれたそうです。「この辺に目 的地があるはず」とモニターを指差す伊藤さん。
ヘルシンキ・ヴァンター国際空港に到着。外の気温はマイナス6℃とのことですが、それでも今年は例年よりは暖かいのだそう。預けていた荷物を受け取って、市内の宿に向かいます。
翌日は「VR」というフィンランドの国鉄で1時間半ほど北上。フィンランド第2の都市「タンペレ(Tampere)」に向かいます。外を散歩していると、どこからともなく「カーン、カーン」と聞き覚えのある音が。音のする方へ歩いてみると、若者たちがスケート場でアイスホッケーの練習をしていました。しばらく歩き回って、可愛らしい店構えのレストランでフィンランドの家庭料理を食べて英気を養い、午後は大会が開催される「オリヴェシ(Orivesi)」へ移動。
とうとう旅の目的地である「オリヴェシ(Orivesi)」到着。宿に荷物を置いて夜の散歩に出かけると、カラフルな手編みの靴下を履いた馬の像を発見。かわいいですね。さあ、明日はいよいよレース本番です。
レース当日の天候はくもり。気温は1℃です。伊藤さんが覚悟していたマイナス15℃の世界よりはずっと暖かいですが、靴下で森の中を走るレースコンディションとしてはどうでしょうか? というわけで、ここであらためて、大会についてご説明いたしますね。
今回、伊藤さんが参加する「ウールソックス ランニング選手権 2024」はフィンランド語では 「VILLASUKKA-JUOKSUN SM-KISAT」と書きます。「VILLASUKKA」は“ウールの靴下”で、「JUOKUSUN SM-KISAT」は“ランニング選手権”というような意味でしょうか。
大会が開かれる「オリヴェシ(Orivesi)」は南北に伸びるフィンランドのほぼ中央部、美しい湖水地方にある人口約9,000人の小さな町で、「ORI」は種馬、「VESI」は水や湖という語源なのだそう。なるほど、だからあの「馬の像」だったのですね。
「ウールソックス ランニング選手権」は2019年に第1回が開催され、一人でもチームでも誰でも参加でき、マイナス10℃をも下回る美しい森の中を、3km、6km、9kmといずれかの距離をシューズを履かずに靴下だけで走り通すというもの。子供から大人まで気軽にエントリーできる中から、伊藤さんは「男子3km」に出走したのでした。
レース独特の緊張感とワクワク、そして初めて訪れた土地という戸惑いを抱きつつ会場に到着した伊藤さん。なんとか受付を済ませると、控え室として案内されたのはアイスホッケー場の観客席でした。用意してきたレース用のウェアに着替え(ラクダももひきの出番!)、オリヴェシのオリジナル柄の青いウールソックスを履いて、準備万端。
ほかの参加者を見渡すと、小さな子供からカラフルな衣装に身を包んだおばあちゃんまで老若男女が勢揃い。履いている靴下も十人十色。みんなで準備体操をして、いよいよスタート!
*ここでぜひ、大会のオフィシャル写真をお楽しみください。ゼッケン54が伊藤さん。ラクダのももひきを穿いてくれています!
Official photography by Jussi Valkeajoki
レースは踏み固められたコースを周回します。伊藤さん曰く、3枚履いた靴下のおかげで雪の冷たさも大丈夫(ウールソックスって本当にすごい!)。走る足音はトスットスッといった感じだけど、コースを外れるとズボッといく。起伏はちょっとあるけど苦しいというほどでもない。森の奥に行くにつれて静寂に包まれて、参加者の息遣いと足音だけ。ぐるっと回って会場が近づいてくるとまた賑やかな声援が聞こえてくる。
そんなフィンランドの森に魅了されて走っているうちに、思ったよりもあっという間にゴールしてしまい「ぜんぜん走り足りなくてもう一周したかった(笑)」とのこと。次回参加することがあればもっと長い距離にエントリーしようと思ったそうです。
雪に包まれた森の中を、いろとりどりの靴下で走り抜ける「ウールソックスランニング選手権」。日本からの旅人にもやさしいアットホームな雰囲気のおかげで、伊藤さんも大満足だった様子です。気になった方はまた来年ぜひ参加されてみてはいかがでしょうか?
ウールソックス ランニング選手権 2024 オフィシャルサイト
と、本来はここで旅するラクダの報告は終わるはずだったのですが、なんと伊藤さん、フィンランドを拠点にさらに3カ国を巡る旅程を組んでおりました(笑)。ということで、次回は後編として、引き続きヨー ロッパの旅をお届けいたします。
伊藤 裕さん
岩手県出身のグラフィックデザイナー。大きな体いっぱいに「紙」と「文字」と「地域の物語」への関心が詰まっている。好物は地元の長沢屋の「黄精飴」。雨天時はできるだけ傘はささずにフードで対応するタイプ。
Instagram : @erykahforbidden